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いじめ克服体験談

「第39回少年の主張全国大会」受賞作品(平成29年度)

「第39回少年の主張全国大会」で、最高賞にあたる内閣総理大臣賞を受賞した、平澤幸芽さん(燕中等教育学校2年生・当時)の作品です。

『仲間を守る一言』

新潟県立燕中等教育学校2年(当時) 平澤 幸芽

「Aちゃんをはぶろうよ。」

もし、友達にこう言われたら、あなたは本当の自分の意見が言えますか。私は言えませんでした。だから私は、この主張をします。かつてのAちゃんみたいな人が、少しでも減ることを願って。

「Aちゃんをはぶろうよ。」

仲の良い友達から、突然言われた一言だった。私には、Aちゃんを嫌う理由がなかったから、頭の中が疑問だらけだった。「昨日まで仲良くしていたのに、何でいきなり?」しかし、その疑問は口に出せないまま、なんとなくうなずくだけで、のどの奥に沈んでいった。

次の日から、身近な友達の全員がAちゃんを無視し始めた。Aちゃんが近づいてくると離れ、Aちゃんの話を遮るように誰かが話を始め、Aちゃんをわざと一人にした。だんだんとAちゃんから笑顔が消え、やがて近づいてこなくなった。周りの友達は笑っていた。

私は「こんなことはしてはいけない」、「こんなのいじめだ」と分かっていた。目の前で繰り返される残酷な光景に対して、分かってはいたが、声が出なかった。これを言ってしまったらどうなるのだろうか。Aちゃんともう一度仲良くなれるのだろうか。それとも、次は自分がはぶられるのだろうか。自分がはぶられることは、絶対に嫌だった。だから私は周りの人に合わせて、意味もなく笑った。自分の意見が言えないまま、Aちゃんを避け続けた。

それからというもの、友達という存在が、「楽しい人」から「疲れる人」へと変わっていった。もう一緒にいるのも疲れてしまい、面倒だった。けれど、嫌われたくないから、とりあえず何でも「うん」と答えた。私はそんな「友達」が嫌いだった。しかし、もっと嫌いな人がいた。それは、自分自身だった。はっきりと「良い」も「悪い」も言えない自分が大嫌いだった。ある夜、ノートに真っ赤な文字で、「大っ嫌い、大嫌っい。死ね死ね死ね・・・」と書き殴った。そのページの一番上に、はっきりと「自分なんか」と書いていた。

そんな中、インターネットを開き、画面に目を通していると、私はある言葉と出会った。「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる。」

それを見た瞬間、ドキッとした。まるで私の今の状況を理解して、私のために書かれているかのような言葉だったからだ。その時、やっと気づくことができた。自分が変わらなければならないということを。私が言うべき言葉は、「うん」という、「自分を守るための言葉」ではなく、「こんなのいじめだよ。もうやめよ!」という、「大切な仲間を守るための言葉」だったということを。

「ねぇ、もう、やめよ。」次の日、あの言葉に背中を押され、勇気を出して、私は友達に伝えた。「・・・うん。」少しの間を置いて、友達は私の言葉を受け止めてくれた。そして、みんなでAちゃんに謝った。

6月、県内の中学2年生がいじめを苦にして、自らの命を絶った。同い年の子が、私が想像もできないくらいの、痛みや苦しみを抱えて命を絶ったのであろうことにショックを受けた。それと同時に、もしAちゃんを避け続けていたとしたらと考えたとき、私は恐ろしい気持ちになった。誰も、彼を守ってあげられなかったのだろうか。周囲の人たちはみな私のように、救いの一言を飲み込んでしまったのだろうか。「やめようよ。」その一言は、命が失われてからでは遅い。いじめは人を死に追いやる。だからこそ、周囲の態度は、それに対して責任をもたなければならないと思う。

私は、今では仲の良い友達にも「良い」「悪い」と自分の思いを伝えている。安易に同調することだけが、友達ではないからだ。それから、「なんでもいい」という言葉はあまり使わないようにしている。「なんでもいい」は自分の意見を言うことを放棄していることであり、無責任な態度だからだ。今でも時々、「〇〇ちゃんってうざくない?」そんな言葉を耳にする。でも私は、「そんなことないと思うよ」と、責任をもって、自分の意見を言うようにしている。その一言が、周りの大切な仲間を守る一言になるからだ。

投稿いただいた体験談

新潟県いじめ対策ポータルにお寄せいただいた、いじめに関する体験談をご紹介します。

君の心と身体が壊れてしまう前に、どうか学校から逃げて。

今、これを見ている君が、どれだけ辛いか。
私も助けを求めて、インターネットの世界でいじめについて調べていたからよくわかるよ。

私は今、23歳です。
いじめに遭ったのは18歳の秋ごろ。
受験勉強が佳境に入った時期だった。
高い目標に向けて、鬼のように勉強をしていた私の姿をよく思わない連中に目を付けられてしまったの。
体育のバレーボールでミスしたら、わざと舌打ちをされたり「使えねーな」と暴言を吐かれたりした。
そして、運動が苦手なのを逆手にとって、わざと私の方にばかりトスをされた。
とっても恐ろしくて心臓が締め付けられたり、全身が震えたりした。
仲間外れにされたり、無視されたり、体操服をゴミ箱に捨てられたり、聞こえるように悪口を言われたりした。
私の心は確実に擦り減っていった。
何より悲しかったのは、首謀者が3年間同じクラスで、いつも一緒にいた子だったこと。
担任の先生が説得しても、いじめは収まらず、それどころかエスカレートしていった。
最初、私はこれがいじめだと気づかなかった。
ドラマや漫画の世界の出来事で、自分には一生縁がない行為だと思っていたからだよ。
だから親にもうまく説明できなかった。
「学校に行きたくない」って言うのが恥ずかしかったんだ。
なんだか尻尾を巻いて逃げたみたいで。

でも、私は声を大にして言いたい。
故意に人の心を傷付ける卑劣な連中がいるような場所、行っちゃダメだよ。
私の親は「立ち向かえ」「学校に行かないのはおかしいだろ」と言って、私が自分の脚で自転車を漕げなくなっても、無理に通わせた。
ターゲットが決まった以上、連中はその場にいる限り追い詰めてきた。
私は当時、誰も自分の苦しみをわかってくれないことに絶望した。
今まで頑張ってきた受験勉強も手がつかなくなった。
何をしていても涙が出たり、全身が震えたり、いじめっ子の顔や声が脳内を支配してきたの。

私は限界を感じた日、1人で勇気を振り絞って心療内科に行った。
先生も親も助けてくれないなら、自分で自分の心を治すしかないと思ってね。
お医者さんは初めて私の苦しみを理解してくれて「学校に行くべきではない」と言ってくれた。
でも、私は未成年だから治療を続けるには保護者の同伴が必要だと言われたの。
私の親は「それじゃあなたの負けじゃない」と言って、通院させることなく、無理やり登校させ続けた。
もし、今、周りに君を救ってくれる大人がいなかったら私と同様に心療内科を受診したり、近所の交番に駆け込んだりしたっていい。
学校の先生はあてにしちゃだめ。
君の心と身体が壊れてしまう前に、どうか学校から逃げて。
私は無理に通った結果、PTSDという心の病気に罹ってしまった。
ふとした瞬間に、いじめのことを思い出したり、心臓が張り裂けそうになったりするんだ。
私は、絶対君にはこんな思いをさせたくないよ。

今君は、家と学校が世界のすべてのように思えるかもしれない。
でも、決してそんなことはない。
家出したって不登校になったっていい。
死ぬよりよっぽどね。
私はその後、大学に入学して、私のことを理解して愛してくれる友達にたくさん出会えた。
最初は女の子の群れが怖かったり、教室に入るのに一大決心をしたりしないとだめだったけどね。
それくらい、一度ズタズタになった心は脆いんだ。
それに、恩師と呼べる先生にも出会えてやりたかった勉強に熱中できた。

新しい世界に出てみよう。
君の命を、君を蔑み、苦しませ、尊厳を踏みにじるような連中のせいで犠牲にするなんて私が許さない。
そして君と、将来大切な人との間にできるかもしれない君の子どもが、人を傷付けない人であるように、心から祈っているよ。

一歩を踏み出した時に得られるものもあります。

私は、中学校2年生のころ部活内でのいじめの対象となりました。理由は、私の運動神経が他のメンバーより劣っている上に、朝の練習に出ることができなかったことで、不満が出たということでした。しかし、当時の私は、共働きの両親に代わり、祖父母の介護をしていたために、朝早くから学校に行くということは非常に困難を極めました。一方で、球技が好きだったこともあり、部活を辞めたいと思う気持ちはありませんでした。
私へのいじめは、最初は部活の道具が無くなっていることに始まりました。そこから鞄に液体をかけられたり、ケータイを勝手に取られたり、SNSで私のことを罵倒していたりしました。幸いにも私は当時、スマートフォンを所持していなかったため、直接見ることはありませんでした。
しかし、私は、一人でした。親に言えば、ただでさえ忙しいのに私の為に迷惑をかけてしまう。友達に言って何かあれば友達もいじめられるのではないか。先生に言えば、いじめが酷くなるのではないか。そのように思い、黙っていました。
そんなある日、親に「学校でいじめられてないか」聞かれました。当然私は「いや、何もないよ」と言いました。その時に、母が自身のスマートフォンを提示しました。それが先ほど述べたSNSの書き込みです。私の友達がSNSで見つけ、彼女の母親から私の母親に連絡がきたという形だったそうです。母が「娘がいじめられていることに気が付かんかった。ごめんなさい、ごめんなさい。」と涙を浮かべて私に謝りました。今でも忘れることはできません。その後、友人や母、加害者側、その両親で話し合いの場が設けられ、謝罪をされました。
しかし謝られても、当時の苦しい、嫌な記憶が消えるわけではありません。当時の私は自殺も考えました。しかし、自殺をしても根本的解決にはなりません。当事者である自分がいないからです。加えて、自分以上に辛い想いをする人がいます。彼らと過ごした日々を考えた時に私は、思いとどまりました。
いじめられている当事者は今がとてもつらく、苦しいです。でも、人生生きていれば、楽しいと思える瞬間も多くあります。
何が大切か。それは、周囲の友人、親、先生、その他大人を信頼する事です。もちろん、それに踏み出す一歩には相当の勇気がいります。しかし、その一歩を踏み出した時に得られるものもあります。

あまり深く考えない様にしています。

小学校5、6年の時に、仲間はずれをされていた時期が一時期ありました。
仲間はずれしていたのを先生が見つけてくれて
その見つけられた翌日に、情けないと感じつつ、先生とふたりで話しました。
先生が理解してくださり、やった仲間全員を呼び出して話し合いをしました。
気持ちを分かってくれた仲間が「ごめんね」と謝ってくれました。
小学校は、ツライ思いも有り、楽しい思いも有りながらの卒業でした。

中学生に入り、すぐ、思春期ニキビを気にして
部活動の女子からいじめを受けた時期が一時期ありました。
先生が腹を立ててくれて全校集会をしてくださり、
卒業する年に、部活動の女子が謝ってくれたから、
最後の卒業式には、卒業アルバムに寄せ書きしてくれる程仲良くなりました。

ツライ気持ちはありますが、謝って一時期、仲良くしてくれたから、
長い時間と共に、小学校の仲間はずれと中学生のいじめについて
忘れています。

嫌で思い出すことも、度々あるけど、あまり深く考えない様にしています。

色々割り切りながらも、今は、社会人で20代後半だから
10年経ち、嫌な気持ちにならないようになりました。

我慢する努力より逃げる勇気の方が重要です。

私も結構長い期間いじめられていました。幼稚園での仲間外れから始まりました。小学校低学年では殴られる、物を盗られるなど、小4で父親の転勤で転校することになり、いじめから解放されたと思いきや、1年後には余計酷いいじめに遭うようになりました。トイレでは大のときは上から覗かれ、小だと後ろから引っ張られて邪魔され、靴に画鋲を入れられ、また、100m走の記録が嘘だと信じてもらえず、嘘つきだと言われ、中学校では体毛が濃いことをからかわれるうえ、後ろから襲われたときには眼鏡を壊され、裁縫の針で尻を刺され、高校では学業の成績で馬鹿にされました。
今は学生ではありませんが、当時を思い出して、今も辛いです。我慢して通学するよりは学校を休むなり、フリースクールや通信制に切り替える必要があったんだと思います。いじめから逃げることは恥ずかしいことではありません。我慢する努力より逃げる勇気の方が重要です。

誰でもいいので、相談してみてください。

幼稚園の頃、年長の人に、腕を掴まれて後ろに強く引っ張られて殴られそうになりました。運良くよけましたが、その頃から、人のたのみごとを断れなくなり、怖くて、人の前では本当の自分を出したことがありませんでした。
2年生の頃、男子にいじめられてアザや傷がたくさんありました。それは、2年間続きました。4年生では、関係無い話に巻き込まれ、何ヵ月も6年生に探されて石を投げられたり、近くを通りすぎただけでも「あいつじゃない?きもっ」とか言われたり、苦しみました。もともと私は、外で遊んだり激しい女の子だったけれど、その件があり、教室から出られなくなったり、学校以外、外に出られませんでした。今5年生なのですが、好きな男の子ができて、最初は、仲良くなかったけれど、だんだん仲良くなり、ついには、恋愛はうまくいっていたといえます。でも、3年生からずっと私のことをいじめていた人が、「○○は、あんたのことが、好きなんだってー」って言ったそうです。うまくいっていたのに、人生をこわされました。もともといじめられていたこともあって、わたしを支えてくれる人がほしかったんです。いやなことは、その人に伝えてなぐさめてもらいたかったからです。こんなことですが、本当につらかったです。6年間いじめられていたので、思い出すだけで死にそうです。
でも、この世には、自分を支えてくれる人はたくさんいます。何かつらいことがあったら、仲がいい人、家族、親友、誰でもいいので、相談してみてください。少しでもこころは救われるし、安心できます。

人生を壊される前に逃げてください。

僕は、高校三年の受験期前にいじめられて、現在不登校になっています。

友達はいたのですが、一部男子からの陰口などが原因で廊下を歩くことさえ苦痛になってしまい、結果的にうつ病になってしまいました。

今、いじめを受けている人は、僕のように壊れてしまう前に逃げてください。

僕は逃げたことによって、また立ち上がることができつつあります。

お願いだから、人生を壊される前に逃げてください。

結局はいじめてる奴等は1人では何もできやしない。

中学2年の夏休みに、部活に一緒に行っていた仲間4人グループから、突然自分だけが待ち合わせの時間をずらされて、そのグループからいじめを受けました

いじめる側にもいじめられる側にも問題はあったと今では納得していますが、
その当時はあまりのショックで部活には一切顔を出さなくなりました。
僕の場合は逆に沸々と怒りがこみ上げて来て、いじめてる側の奴等を無視し、あっさり友達の縁もこっちから切ってやりました。

そのお陰か新たな友達が出来て、その後の中学生活は何とか問題なく過ごせました。

結局はいじめてる奴等は1人では何もできやしない。こちらが引き下がっておどおどしている姿を見て喜ぶものだと思ってからは、逆にくそくらえと自分に言い聞かせそのグループには敢えてこちらから反撃してやりました。

僕は逆に開き直りました。「1人なら1人で上等?くそくらえ」と負け惜しみだったかもしれないけど、その姿を見ていた他の人からの受け入れがあったのが僕の救いでしたが、1人でも負けないで欲しい。

辛いのは長い人生のうちのたった数年ですから。

いじめ相談をしてください

私は、今、中1です。
小学6年にいじめを受けていました。
いじめっ子は10人で私1人を囲んでいじめました。
ストレスがたまり、勇気を出して「やめて」と言いました。
私はもとから、いじめられっ子でした。
今もいじめられています。今のいじめっ子は8人です。
なぜ、私をいじめるのか、わかりません。

最後に、全国のいじめられっ子の皆さんへ。
いじめられても、はずかしがらず、
「やめておねがいだから」と言おう。
もし、いじめられてストレスがたまったいじめられっ子は、
いじめ相談をしてください。

自分の光を見出して

中学から高校まで、同じ部活のAさんから絶えずいじめを受けていました。理由は、「うん」しか返事をしないから。私も、自分の存在を消していた時期と重なっていましたから。Aさんが話したことも無い人に噂を吹聴するので、「あの人」と指をさされ、大声で笑われました。いじめの理由は他にもありました。「いつも笑顔でいて幸せそうだから」。しかし、後でAさんは父親からDVを受けていたことが分かりました。私自身も、子どもの頃、家庭環境が辛くて悲しい思いをしてきました。大人になった今でも、そのことは誰にも話していません。しかし、もし過去に戻れるならば、いじめをした相手と私も同じ経験にあったことがあるので、「私もDV受けてたよ。あなたの気持ちが良く分かる」と話しかけていたら相手の屈曲した心を少しでも変えられたかもしれない、と悔やんでいます。

ゲンコツされた経験のある人なら、手をグーに振り上げられたらとっさに身をすくめるのと一緒で、虐められた人は反射的に萎縮してしまうと思います。私も、そうです。

そこで萎縮したっていいんです。身を守るために。ただ、「私なら相手にこうして貰えたら嬉しい」という心のアンテナだけは、できる限り張っていてください。それが人生の光になります。どんな暗闇も、生き続ければ光になります。誰かを変えることよりも、自分の心の闇を知って、何も無いところから自分の光を見出だしていってください。

困難が海の波のように打ち寄せる度に、願いが叶わなくてこれ以上起き上がれないと感じたときも、未来を悲観することはしないでください。自分を嫌う心に浸らないでください。いつかは、わずか数センチでも、過去の自分を乗り越えていますから。

大事なのは自身が今どうなりたいか

小学生のときにいじめを受けました。私にとって加害者は、安心だった日常に突然現れ、恐怖と支配を持ってきた侵入者でした。

いじめは後々も対人関係に尾を引きます。こころに受けたトラウマの回復は容易ではなく、そちらにこころが支配されれば勉強もままなりません。抜け出すには時間もお金も精神力もかかり、私は人生の大半を対人不安と共に過ごさねばなりませんでした。

いじめは大なり小なり無くなる事はないと思っています。酷い言い方になるかもしれませんが私は運が悪かったとだけ今は考えています。何故なら起こった事にいくらしがみついても過去は変わらないからです。大事なのは自身が今どうなりたいかだと思います。

昔は「逃げるのは情けない」と言う時代でしたが、現在はそうではないと思います。リスクももちろんありますが色々な事に価値を見い出せ、また多くの人たちとインターネットで繋がれる時代です。

変わりたいと思うのであれば最終的には動くしかありません。私はそこを行政が支援しながら多くの人たちに協力してほしいと思っています。

高校2年からの2年間、いじめにあいました。

私は今50歳です。
高校2年からの2年間、いじめにあいました。なぜいじめの対象になったのか今でも理由は分かりません。今ほど陰湿ではなかったとは言え、クラス全員から無視され、ロッカーさえ使わせて貰えず、体育の授業で2人組での行動もさせて貰えませんでした。その状況を担任に相談しましたが、いじめにあっている私に問題があると言って、取り合って貰えませんでした。また、放課後教室に置いてあった鞄から財布が抜き出されお金を盗まれていました。
日を追うごとにクラスだけでなく、他のクラスでも、一部の人から汚物のように言われたりするようになりました。
同中から友人だと思っていた人達からも、私と同じ学校で、「高校生活の楽しさが半減した」とバスの中で一般の人もいる中で言われました。なんでいるんだと。
「学校に行きたくない」と両親に言うと、高い金払っているんだからいじめ位で休むなと叱咤されました。親からも理解されないのは、とても辛く悲しいです。私はいらない人間なんだっていつも考えるようになりました。だんだん自分にも自信がなくなり、人の顔色を伺い見る自分に嫌気がさしました。
そんな中で唯一の救いだったのが、科の違う数人の友人がいた事でした。
その友人達が、いじめにあっている私を受け入れてくれ、避難場所となってくれていたお陰で高校を卒業できました。その友人達とは今でも付き合いがあります。
ただ、いじめで受けた心の傷は、自分が思っているよりも深く、今でも対人関係において恐怖を感じます。そのストレスが強くなると、いじめにあっていた高校時代の夢を見ます。30年以上経った今でも時々、私は必要のない人間なんだと思う時があります。
結婚して子供を産み家族を持った今でも、いじめにあった高校時代に悩まされています。そして今でも自分が嫌いです。
でも、今いじめにあってる人に学校に行かなくても良いんだよって伝えたい。死ぬほど思いつめた時、逃げても良いんだよって。ありきたりの事しか言えないけれど、自分だけでも自分を信じて好きでいてあげて下さい。自分で自分を嫌いだと、悲しいですから。

将来は絶対私のほうが幸せになるから

私がいじめに合ったのは小3、小6、中1の頃です。
詳しく書き始めたら長くなってしまいますが、無視されたり、金銭を要求されたり、たくさんありました。
学生の頃というのは学校が世界の全てで大人からしたらただの一時のコミュニティーといったい感じですが、学生の頃は学校で無視されたり、一人でいるということが本当に辛くて世界の終わりというような感じでした。
死にたい、今死んだら楽になる、そんなことばっかり考えていたような気がします。
ストレスで体調不良を繰り返し、したい勉強もこそこそとしかできない、そんな生活が本当につらかったです。
先生や親といった周りの大人のおかげでいじめはなくなって卒業もできました。
私の場合ですが、いじめっ子は学校の先生の娘が主犯でした。
当時は絶対に許すことができない、名前を出して人生終わりにしてやる!とかなり恨んでいました。
いじめをしていた人が今後悠々と生活していくなんて本当に許せない。
けど、私の親以外、大人はみんな口をそろえて「反省しているんだから許してあげてほしい、その子の将来もある」と。
いじめられっ子が立ち直ったとき、いじめた子の将来は保証されるんだなとすごく納得がいかなかった。
私が今遺書を残して死んでこいつの名前が世に知れたら、、なんて考えました。
そこで私は自力でこいつよりも将来幸せになってやる!!!という気持ちを原動力にして生きてきました。
中学の頃も、高校の人間関係でいろいろあった時も、こんな姑息な奴よりも私は絶対に幸せになると考えて生きてきました。
人それぞれ幸せの定義はあると思います。
バリバリ仕事をして立派に生きていくこと、早く結婚して家庭を持つこと、など。
私の考える幸せの定義は「早く結婚して家庭を持つこと」でした。
実際、いじめていた人たちよりもいち早く結婚して幸せに暮らしています。
今は私よりも優位に立っていて誇らしいかもしれないが、将来は絶対私のほうが幸せになるからという思いでいると本当に気持ちが楽になりました。
そう思うのも一つの手じゃないかなと思います。

小学生5,6年から悪口を言われました

小学校の5,6年でクラスの男子から悪口を言われました。元々早口なのと、相手の質問に答えられなかった事で「はてなっぺ」との不愉快 なあだ名をつけられました。触れればバイ菌扱いです。当時の担任の先生に訴えても、「反省しているんだから」で終了しました。何の解決にもなっていないのに。その後も悪口は続き、バイ菌扱いされ、果ては空気のような存在でした。
中学に進学しても、それの主犯何人かは同じ学校で、同じ部活でした。部活では審判役を回さない、回しても嫌そうな顔をする。別の女子生徒からは直接何を言われるでもありませんでしたが、近くで床を踏み鳴らされました。中学では我慢の限界でお膳を机に叩きつけてしまった事があり、やっと先生が向き合ってくれました。しかし、こちらから関わらなければ良いのだと判断して、彼らと接点など持たないようにしました。それが手っ取り早い方法だったから。
高校は市内を離れた事もあり、いじめに遭う事なく穏やかな日々でした。市外の高校を進めてくれた父に感謝しています。

自分を責めないで

小学6年生の時に自分以外のクラスメイト対自分でかなり陰湿ないじめを受けていました。卒業まで続き卒業文集の寄せ書きにもクラスメイトほぼ全員にほぼ同じ文言を書かれました。
でも今、高校生になって友達もたくさんできたし完全にその時の名残りが消えたわけではないけど学校生活がとても楽しいです。今はどんなに辛くてもいつか必ず楽しい時がやってくるからとりあえず生きてください。自分を責めないでください。いじめはいじめた人が悪くていじめられた人は悪くないです。絶対悪くありませんから。

くるしかったら逃げていいんです

私は小学校のころにいじめられていました。
当時の担任も、見て見ぬふりをしていたのでとてもくるしかったです。死にたいと思ったこともたくさんありました。
でも、死ぬのが怖い、ちょっとでもいいから希望をつかみたい、という気持ちから今は、後遺症と闘いながら日々を生きています。生きていれば必ず光が見えてきます。くるしかったら逃げていいんです。
不登校はかっこわるくないよ!

辛いなら助けてと伝えること

僕は小学5年生~高校1年までの6年間いじめを受けていました。小学6年生の時僕は中学校の特別支援学級の見学に行きました。小学校に帰るとクラスの1人から「障害者、死ね消えろ、汚い臭い、邪魔どけお前。」と言われました。

しかし同じクラスの子が「何を言うんだ辞めろよ。」と言って止めてくれました。少し安心しましたが、また悪いことを言われました。でも人を頼る事は一番大切、誰かに頼る勇気はあまり無いけれど自分が弱いなら人に助けを求め、自分の苦しみが少しでも楽になれば良いと思います。辛いなら、助けてという顔をしたりして伝える事を、やってほしいです。

周りの友達の勇気や優しさが,その人を救うことができます

中学生の時、所属していた女子ソフトテニス部で、Aさんを標的にしたいじめが起きました。いじめの首謀者のBさんを中心に、数人の部員がAさんを無視したり、陰口を言ったりしていました。中には傍観者となる部員もいました。
私はBさんに、「いじめグループの仲間になって」と言われました。しかし私は、Aさんが悲しむことはしたくないと思いました。Bさんに悪く言われても、決していじめに加担することはせず、Aさんと一緒にいるようにしました。しばらくして、顧問の先生が手厚く指導して下さり、いじめの問題は収束しました。
Aさんは、「あの時一緒にいてくれたことが、本当に心強かった。ありがとう。」と深く感謝してくれました。このことは、今でも私の誇りです。
部活では、私自身がいじめの標的になったこともありました。辛い時も多々ありましたが、Aさんや他の友達がいつも勇気づけてくれました。
いじめを受けている人は、本当に苦しく、悲しい思いをしています。しかし周りの友達の勇気や優しさが、その人を救うことができます。
もし誰かがいじめられているのを見つけたら、勇気をもって話しかけてください。そして、先生や周りの大人に報告してください。その行動が、誰かを救い、あなたの誇りとなります。

あれは忘れもしない中一の3学期。

今考えればもっと周りの大人に相談すれば良かった事ですが、当時は皆私の敵にみえてました。
いつも一緒にいたAは結構口が軽くすぐに何でもバラすので私は彼女には一切陰口は言わなかった。でも、どうしても我慢できないことがあってクラスメイトBの陰口をAに言ってしまったんです。そしたら案の定、翌々日…集団無視が始まりました。同じ学年の部活仲間にも話は回ったのでしょう、もちろん無視。先輩が気づかないようにされていたので辛かったです。
もう学校には行きたくなかったけどここで諦めるのも馬鹿馬鹿しいし一日だけ休んで母から担任へ聞いてもらいました。しかし、大した事ではないから気にしないで学校へ来なさい(笑)と。正直、呆れたし何も相談しないと決めました。次の日クラスへ入った途端、静かになる教室…胸が締め付けられてとにかく苦しかった。なんであの時言ってしまったんだろう…しばらくはこれしか考えられませんでした。

しかし、それも長くは続かずすぐにクラス替えがあり元のクラスメイトとは全く一緒にならずに済みました。新しい友達とこれから楽しく過ごそうと決めていたし、何でも話せる友達もできました。一連の出来事も思いきって話しました。そしたら、全く知らなかった。そういう時は他のクラスに助けを求めてもいいんだよ!そうじゃなきゃ潰れちゃう!と叱ってくれた友達。今はあの時の出来事があったからこそ大好きな友達には優しくできるし大切にしたいと思えます。ちなみに、Aやいじめの先頭に立ってた人は卒業するときには孤立してました。

とにかく助けを求めること。
信用出来なかったら、電話相談すること。
辛い事はずっと続かないです。
辛い思いをさせた人は必ず辛い思いをします。
だから、思いきって相談する勇気を持って欲しいです。

独りじゃないよ!

【いじめられているこどもたちへ伝えてください】

いまは逃げる場所や相談できるところが沢山あります。
学校の先生は中立を保たないといけないので、頼りにはできないと思ってください。
ただし、居場所を求めて素行の悪いグループに入ってはいけません。
女の子の場合、男性にすがってはいけません。

いじめられていても、勉強や趣味を一生懸命やるのはあなたの自由です!
沢山勉強をすると、悪い人に出逢う確率が減ります。
あとはマナーや身だしなみに気をつけ、気づかいを身につけましょう。
そうすると、進学先、就職先、友達の選択が広がり、良い人間関係につながります。

いじめは記録に残しましょう。やられっぱなしは終わりにしましょう。

自分が明らかに悪かった場合のいじめは相手に謝りましょう

あなたは断ることができる
よくないことに誘われたり、頼まれたりしてイヤだなと思ったら、断っていいんです。
わざと自分の苦手なことに誘ってくる人もいます。
どっちみち陰口になるので、関わるだけ無駄です。

大人はいじめっ子と話し合ったり、いじめられる側が変わることでいじめを解決させようとします。
でもそれはドラマやマンガの世界。まずは、逃げましょう。

いじめられる側が我慢するばかりの社会はなかなか変わりません。
でも、いじめっ子はこちらが我慢するほど偉い相手なのでしょうか?違いますよね。

大人社会にもいじめはありますが、理由のはっきりしたものが多いです。
また、良くない人(集団)ならば、裏での評価はやはり悪く、
こっそり自分の味方をしてくれる人も出てきます。
いじめのひどい会社はネット社会なのである程度分かります。

学校より大人社会の方が生きやすいです。
だけど、あまり勉強をしていない人の集まる職場は、子供社会のままなので選ばないで。

最後に‥‥
【いじめられているということは、いじめてくるような人と仲間にならずに済んでいる】ということです。
距離が置けるなんてむしろ幸運です!

関わったら実はいい人だったなんて、そんなことはありません。
いじめグループは、大人になればどのみち仲間割れし解散します。
あなたは、関わらずに済んでいるのです。

【支援者、保護者の方へ】

こどもたちは、いじめを思い出したくなかったり、
いじめの状況をうまく伝えられなかったり、
そもそもそれを伝える概念がなかったりで、黙っている場合が多いです。

子供をよく観察し、安全な逃げ場所を探してあげて下さい。

また、いじめられていると将来の想像ができなく、
目標が持てず、生きるのが精一杯になります。
選択肢が沢山あることを伝えてあげて下さい。

そして、何よりも親の情報収集が大事です。
探せば力になってくれる人が沢山います。
親も同時にいじめられるケースもありますので、自分も守りつつ、どんどん外に出て下さい。
(私は親が忙しく、人に相談する概念のない人だったので)

いまはSNSというある種のいじめ拡散ツールがあります。
保護者に見えにくい分、注意してあげてください。

いじめに立ち向かわなくていいんです。逃げたっていいんです。

私は中学時代いじめられていました。悪口以上のこともされたりしました。そのころは学校が嫌で嫌でたまりませんでした。親に心配かけるのも嫌だったので我慢して学校へ通っていました。毎日朝のテレビ番組の運勢コーナーを見ては、自分の星座の順位に一喜一憂しながら自分を奮い立たせていました。
私自身大人しく、いじめに対して明確に反抗できませんでした。しかし悔しい気持ちもあり、どうにかしてこの状況から抜け出したい、何とかしたいと思っていました。
口げんかや腕っぷしではかなわないが、何かいじめる子たちより優位に立てるものはないかと考えたとき、それは勉強でした。また、勉強して上の高校へ進学すればいじめた連中とも会わなくてすむ、今の状況も終わると思いました。それ以来より上の高校へ行こうといじめられた悔しさを勉強にぶつけました。
当然授業中もからかわれたりしましたがその悔しさもさらに勉強にぶつけました。その甲斐あってか定期テストで学年一番になることが出来ました。学校の先生も褒めてくれて自分に自信がつきました。
その後も勉強に励み自分に自信がついてくると言動や態度もしっかりとしてくるのかいじめは自然とおさまっていきました。そして勉強のおかげで地区最上位の高校に合格することができました。
私自身いじめに立ち向かったわけではなく逃げました。幸い逃げた先が勉強だったため自信やいろいろなものを手に入れることができました。
いじめに悩んでいる人へ。いじめに立ち向かわなくていいんです。逃げたっていいんです。でも逃げる先は自分を打ち込めるものの方がいいです。その結果、最終的には「逃げる」が「勝ち」に繋がります。希望を捨てないでください。

自分が自分を好きになれるかどうか

私は幼稚園から高校まで、どの学校に通っているときもいじめに遭いました。
約十五年間です。あまりにも多くいじめを経験したので、他人といることを楽しいと思えなくなりました。容易に人を好きになれなくなりました。
今でも楽しいという感覚と、好きという感覚を封じ込めて生きています。周りの同年代の子たちが、豊かな友人関係、幸せな恋愛関係を築けているのが、理解できません。なぜそこまで人間関係を楽しめるのでしょうか?
昔はここまで人に対して臆病ではなかったのです。いじめを受けてからです。
加害者は人にこのような影響を与えていて、何も責任をとりません。謝罪もしません。
事の重大さを理解せず、のうのうと人生を生きている加害者たち。
人に対する友情や愛情を持つことができず、加害者に対する憎しみばかりがある、自分が嫌です…。
自分が前向きに生きることができるかどうかは、自分が自分を好きになれるかどうかにかかっていると思います。それにより自尊感情や自己肯定感を持てると思います。
まだ完全に立ち直ったわけではないですが、少ない経験から言うと、何か夢中になれるものを見つけて、他人からそれを褒めてもらう、認めてもらう。その積み重ねが大切になってくるのではないかと思います。

どの世代の人も当事者意識をもたないとなくならない

今から10年ほど前ですが、高校生のときにいじめを受けました。最初は些細な意地悪からでした。テレビなどでいじめのドラマなどを見ていましたが、まさか自分に起きるとは思っていませんでした。それでも特に気にしないようにしていたら、どんどんいじめがエスカレートしました。やり返そうとも思いましたが、その時間ももったいないと思い、やりませんでした。それよりも、夢のために勉強を続けていたので気が紛れたのかもしれません。でも、日々ひどくなる嫌がらせにノイローゼになりそうでした。どうやってそれがやめたのか今となっては思い出せませんが、半年ほどでなくなっていったような気がします。それでもとても傷つきましたし、寮生活だったのでかなりしんどかったです。家族よりもそばにいてくれた友人達のお陰で乗りきれたと思います。
本当に怖いのはこのあとでした。私に意地悪をしていた子が今度は周りの子達から仲間外れにされ始めて、私のグループに来るようになりました。それは、私よりも私の友達目当てなのは明らかでした。でも、私の友達は彼女が私に意地悪をしていたのも知っていたので、一見その子を受け入れているように見えて扱いは雑で素っ気ないものでした。ある日、掃除中にごみ捨てに行くとその子も私たちについてきました。私は嫌だなーと思いながらも一緒に行きごみ捨てをして帰ろうとすると、友達がその子をごみ捨て場の倉庫に閉じ込めました。友達は数分間閉じ込めたあと何事もなかったかのように教室に向かって歩き出しました。私はその場で立ち尽くしてしまいましたが、いじめは誰にでも起きるもので、それが被害側か加害側かは紙一枚ほどの薄さしかなく、いつ入れ替わっても不思議ではないことというのを目の当たりにしました。
大人でもわざと他人を貶めたり、傷つけたり、仲間外れにする人もいます。いじめがあるのは子供の社会だけではなくて、社会全体で、どの世代の人も当事者意識を持たないとなくならないと思います。できたらこれからの子達には誰かをわざと傷つける経験も傷つけられる経験もすることなく成長してほしいです。

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